横林大々的

趣味、ときどき宣伝。

ときどき困って ときどき笑って ときどき星野源の「茶碗」なんて聴いて そして生活はつづく

 

 

 

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星野源です

 

 

 

・はじめに

 

さあ、もう何年も前の話。

とある会で集まった際「どんな歌手、バンド、曲が好みか」という話題になりました。

 

或る者は「SEKAI NO OWARI」なるバンドが好きだと話し。或る者は「THE BAWDIES」が自分の中で熱いと語り。また、或る者は「なんだかんだでMr.Childrenやなあ」と言いました。

さて、半円状になって集まったこの会合。次の話す番は順番的に私です。

 

しかし私は正直焦っていました、この「音楽系」の話題になった時から。

ここで私の趣味が言える訳がない。iPodの再生数第一位が美少女戦士セーラームーンRエンディング主題歌「乙女のポリシー」だなんて。

 

私の音楽の趣味は非常に偏っていました。90年代JPOP。アニソン。青春パンク。ナタリーとかに特集組まれそうなアーティスト。そして、槇原敬之

私は悩みました。果たしてどのカードを出すのが正解なのか、と。

まず乙女のポリシーは論外。いくらあの歌の持つ真っ直ぐなまでのポジティブさ、メッセージ性を語ったところで「気持ち悪い」と一掃。

90年代JPOPはどうだ。いや、ダメだ。実は、これは既に経験済みで、9割くらいの確立で変な空気になる。

もう、槇原敬之で行こうではないかと口が「マ」の形になった瞬間、心の中の「天使」が叫びました。「駄目よ!彼の名前を唱えた瞬間に場の話題は彼のスキャンダラスな面で持ちきりになるわ!あなたが不快になるだけよ!」

 

「じゃあ、私はどうすればいいんですか?」

すると、天使は微笑みながら私に言いましたね。

「あなたには星野源がいるじゃない」

私のiPod第二位。星野源氏の「茶碗」。

 

私は会のメンバーへ声高らかに宣言しました。「星野源!」と。

勝負あったな、私は確信しました。 

 

ところが……です。

私はその時、私は震えがりました。

その場にいる誰もが、首を斜めに傾け、「星野……源?」と口にしたのです。

そう、今から数年前、星野源の知名度というのは、本当にそんなものでした。

 

 

あれから月日は流れ、

 

バーン!

 

バーン!!!

 

バーーーーーン!!!!!!

 

亀田兄弟ではないですが言わせてください。

「どんなもんじゃーいっ!!」

 

今日は、「あの頃の自分には先見の明があった」「間違いじゃなかった」という主張を挙げたいので、星野源について記事を書かせてください。

 

 

 

星野源がJPOPのど真ん中に来てしまった!

 

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今の現状に正直驚きを隠せません。

といっても、SAKEROCKというインストバンド時代から(星野源がソロで曲を出す前の活動)好きな方々からしたらもっと今の現状は信じられないものなのかもしれませんね。

おそらく昔からメロディメーカーとして如何なく才能を発揮していた彼の才能を買ってた人間っていうのは業界って場所にもたくさんいたと思うんです。

だけどさあ、紅白出て、ウィークリーで一位とって、オールナイトニッポンのパーソナリティって、それもう、売れっ子の街道ですよ、もう。

時代、来ちゃってるんですよ、完全に。

 

とりあえず、星野源に関して知らない人のために以下のプロフィールを。

星野 源(ほしの げん、1981年1月28日 - )は、日本の俳優、音楽家、文筆家。埼玉県蕨市出身。インストゥルメンタルバンドSAKEROCKのリーダーとして、主にギターとマリンバを担当。所属はカクバリズム/Daisyworld DISCS(音楽業)、大人計画事務所(俳優業)。文筆家としても多数の連載を抱えている。

(以上、wikipediaより引用)

  

と、まあ、マルチな才能の方なのです。

しかし後述しますが、まさか大人計画所属の人間がJPOPのど真ん中に立てる日が来るなんて……

本当、世の中捨てたもんじゃないな、って思いますね、心から。

 

 

 

・『アーティスト』星野源

 

今回私は「音楽家」でソロ星野源の一面を紹介したいので、まずは彼の曲を聞いてもいます。

 

①SUN


紅白出場曲!

小学生くらいの女の子が鼻歌してるのを街中でふと聴いてしまって勝手に感動してしまった曲。その様の多幸感。

小学生が口ずさむくらいのポップスのど真ん中!

 

②Week End

週末への高ぶりを最高潮に引き上げてくれるソウルナンバー。

個人的に、めっちゃ好きな曲です。ただただただただ格好良いね!

 

 

 

・『シンガーソングライター』星野

 

で、ここからが僕の、この記事で伝えたい事なんですが、星野源の曲って『シンガーソングライター期』と『アーティスト期』に分けられると思うんです。

 

『アーティスト期』は近年の曲。

そして、『シンガーソングライター期』は僕が星野源を知った数年前の楽曲たちを歌ってた時期を指します。

この違いが何かと言うと、『アーティスト期』はとにかく『メロディ』をメインに、すべてをバランスよく作ってると思うんですが、それに対して『シンガーソングライター期』は『歌詞』に重きを置いてるような曲。

 

で、前半に紹介した二曲は『アーティスト期』って感じなんです。でもね、僕が紹介したいのは、『歌詞』に重きを置いてた(ように勝手に思ってる)時代の星野源なんだよ!

せっかく今、フィーバーってるから僕は『シンガーソングライター期』の星野源を知ってもらいたいんだよォ。

 

さて、丁度、アーティスト期とシンガーソングライター期の楽曲の真ん中くらいにありそうな曲があるので、紹介させてください。

 

地獄でなぜ悪い


こちらもアップテンポな曲。星野源さんが、クモ膜下出血で入院した時の心情が多く含まれている歌です。『無駄だ ここは元から楽しい地獄だ』という「地獄」に「楽しい」を掛け合わせるセンス!

そして最後の大サビでは『作りものだ世界は』と言ってのけます。歌のタイトルと共に噛みしめると、明るい曲なのに不思議と涙腺に来る作品です。

どうですか、この曲の歌詞。100点満点でしょ? 歌詞と言えばこの曲も。

 

④くだらないの中に

この辺りの曲は完全に『シンガーソングライター期』って感じ。

髪の毛の匂いを嗅ぎあって くさいなあってふざけあったりって歌いだし!

気取らないを超えて、何それ!

その歌詞で曲が成立するの!?、で成立しちゃうのが星野源

 

さて、この二曲の歌詞には共通する部分があると、僕は思います。

それは『日常』に対して寄り添う様な優しい視点

星野源の歌詞には『日常』という苦しさも素晴らしさも内包して、それを日常として歌う優しさが間違いなく存在する。

 

で、星野源の歌詞がすきな僕は「いったいどうして、この人はこんな視点で歌詞をかけるのかなあ」なんて考えていたら一つの仮説にたどり着きました。

それは、彼が『大人計画』という事務所に所属している事実だったのです。

 

 

 

・そして生活は続く

 

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大人計画(おとなけいかく)は日本の劇団及び芸能事務所。松尾スズキが主宰する。

1988年、松尾スズキ作『絶妙な関係』公演で旗揚。

ブラックジョークや下ネタ、一般的に言われる「差別用語」などを駆使して人間の残虐性を身も蓋もなくさらけ出し、心理の奥底にある本音と建前、それによって生まれる社会の歪みを、冷静な観点から問い掛ける風刺的な作品を上演している。

異色かつ意欲的な作品と個性的な俳優達の確かな演技で支持を集め1990年代、小劇場演劇を代表する劇団となった。

 

(以上、wikipediaより引用)

 

大人計画といえば演劇をかじっている人なら一度は聞いた事がある名前だと思います。

多分、某ニコニコ動画とかにも色々と落ちていると思うので興味と時間のある人は是非一度観てみてください。

まぁーーーーーーーーーーーー、メンタルゴリゴリいかれます。

 三谷幸喜さんの作品ってあるじゃないですか。

もう、ファミリー層も安心して観れる、っていう。

主宰松尾スズキさんの作品群は、あれの真逆!

「エロスの果て」って作品があるんですけど、あれを大学一回生の夏休みに、三谷幸喜さんの「ショウマストゴーオン」観た後にみたんですけど、もぉーーーーーーーーーーーーーー、頭がグワングワンしましたね。

 

他にも「ファンキー! 宇宙は見える所までしかない」や「ふくすけ」といったタブーに手垢が付くくらいゴリゴリに触る作品だったり、

「母を逃がす」や「マシーン日記」など狂った人たちのコミュニティ脱出劇だったり、

それこそ「めでたしめでたし」で締めくくられる、おとぎ話とは対極の存在。

すげー死ぬし、すげー不幸になるし、ハッピーでエンドに成る事はまずない!

 「やだああ!やだけど観ちゃうぅー!」「癖になるぅー!」「もっとぉー!」な作品群は病みつきになります。

 

大人計画さんの役者で有名どころと言えば、「安部サダヲ」「荒川良良」、脚本家としても有名なのが「宮藤官九郎」と、スターぞろい。

そんな、一癖も二癖もある役者を率いるのが主宰の松尾スズキさん。演技ももちろんですが、僕は彼の作品の言葉に魅了されます。

 

その中でも特に好きなのが「母を逃がす」というお芝居のラストシーン。

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ときどき困って ときどき笑って そして生活は続く。

 

色々あったんです!

作品の中で、それはもう救いようのない様々な出来事が。

でも、ラストはこうなんです。

 

「生活は続く」

続く事を語るというカタルシス!

今まであった伏線とかを全部ほっぽって、このセリフを語って終わりですよ。

もうね、そんなの素晴らしい。

 

(ちなみにラストシーンの台詞は星野源のエッセイ集でもタイトルとして引用されて使われています。) 

そして生活はつづく (文春文庫)

そして生活はつづく (文春文庫)

 

 

おそらく星野源さんの日常に優しくよりそうスタイルは、この大人計画に所属している経験も一因として培われてるに違いありません。

 

 

 

・生活は続くのだよなあ。

 

でも、この「そして生活は続く」って言葉、本当にすごくないですか?

 

おとぎ話の終わりはいつだって同じ言葉。「めでたしめでたし」で締めくくられます。

お姫様は王子様と結ばれて、お城で幸せに暮らすし、正義のヒーローは、悪役を倒して世界に平和が訪れるし、小汚い考えをしている登場人物たちは、罰が当って、森は笑い、動物達は歌い、なんかあのよく分からない「きらりん!」の閃光は輝き瞬くのです。

幸せな彼ら彼女らのハッピーエンドは、いつだって人の心を揺さぶるのです。

いつか王子様が

いつか王子様が

  • 白雪姫
  • サウンドトラック
  • ¥250

 

しかし、待ってください。

彼らは本当に「幸せ」なのでしょうか。いや、厳密に言えば、これからも彼らは幸せであり続けるのでしょうか。

私たちは見る事は出来ませんが「めでたしめでたし」の後にも彼らの日常は続くはずで。その中でも彼ら彼女らは笑っているのか、なんて。それこそハッピーエンドの瞬間のように。

「そんな、もしも話。」と、あなたは笑うかもしれません。けれど、これが「おとぎ話」ではない現実の話だとしたら、どうでしょうか。

ドラマチックな恋愛をした後に、嫁いだ先の姑が厳しい。仕事先で大きな問題を一つ解決したと思ったら、それよりも、もっと大きな問題が立ちはだかって来た。学生時代からずっと仲良しでやって来たバンドをメンバーの就職という理由でやむなく解散。

どれも現実に起こりえる話です。

 

そして、おとぎ話と違い、現実の残酷なところは、「めでたしめでたし」の一言で終わるものではない事。

ドラマチックな恋愛も、解決した大きな仕事の後の打ち上げも、最高のボルテージで演奏したあの一曲も、そこだけ切り取ってしまえば「ハッピー」な瞬間です。

だけどその後も僕たちは、お話を続けていかなければいけないから。

「ハッピー」は「エンド」では終わらないから。

働かなきゃいけないし、勉強しなきゃいけないし、嫌なあの人とも毎日会わなきゃいけない。

ともすれば風呂のぬめりをとらなければいけない現実感。

禿げあがる頭のリアリティ。

 

「めでたしめでたし」の無い現実。「ハッピー」に留まる事の出来ない物語。

人はそれを「生活」と呼びます。

 

そして「生活は続く」のです。

 

 

 

・だからこそ僕達の生活の中には『星野源』の曲が溢れていてほしい

 

確かに私たちは「生活」に捕らわれながら生きている。

ハッピーエンドに夢見ながらも、めでたしめでたしが無い事は分かっている。

こんな事大人になった人間ならば、いや、学生ですらなんとなく分かっている話なんです。

言葉にしないだけで。

 

でもね、だからこそ。

『「生活」だって悪くない。』

なんて言いのけちゃう作品に私は憧れたりする。

 

景気づけに外なんて出かけようと思っても、森は笑わないし、動物達は吠えるだけだし、なんかあのよく分からない「きらりん!」の閃光なんてなく、なんなら道路には犬のウンコが転がっています。

でもさ、ふと立ち寄った公園で型物に見えたナイスミドルが太極拳とかやっていたら、面白いでしょ?

小さいころから面識のある近所の子供が、結構ブスな恋人を連れて歩いてたらニヤけるでしょ?

それで、たまたま空を見上げたら綺麗な雲で、ひこうき雲なんて見つけちゃって。

美味しいラーメン屋に言ってテンションあがって。

 

生活にだって「良い」部分はたくさん、ある。

そんな事を軽々と言ってのけちゃう「作品」が僕は大好きなのです。

 

ただ、難しいのは、こういう「生活も悪くないよ」って作品は間違った方向へ進むと、ともすれば「説教臭くなってしまう」事。

「頑張れよ!」は嫌いな人に言われたら「うるせえ!」って思うし。

「みんな頑張ってる」には「お前に『みんな』の何が分かっているんだ」と言い返したくなる。

だから、こう作品全体の雰囲気が「日々の生活っていいなあ」と思わせるような。言葉の断片や物語に「醸し出されている」のが、とっても好き。

 

そんな、さりげない日常を切り取って、エンドマークは決してつけない。

醸し出される、『「生活」だって悪くない。』が好みの私を鷲掴みにした作品。

 

それが、今回この記事で一番紹介したかった、曲。

星野源さんの「茶碗」なのです。

 

 

 

星野源『茶碗』

 

茶碗

茶碗

 

本当に僕は、この歌が大好きです。

再生数が乙女のポリシーに次ぐ第二位だという点でもそれは察してもらえると思いますが。

この歌は、本当に歌詞が素晴らしいんです。

だから、最近の曲からファンになった人にも是非聴いてもらいたい。出来れば歌詞なんかと合わせて。

 

星野源の「茶碗」の凄い所は時間の跳躍。

一番で「20年前に買った茶碗」というフレーズが出てきたと思ったら、二番で一気にそこから「50年前の笑顔はそのアルバムで」と少なくとも30年以上の時間経過が行われる。

でも、歌詞の内容は日常の地続き。タイトルはその最たる「茶碗」。

非日常と日常。

 

そして「茶碗」が秀逸なのは跳躍の中に描かれる、その日常。

誰が夫婦茶碗を主題にラブソングを作るでしょうか。

誰が「禿げた」というワードを使い夫婦の愛を表現出来るでしょうか(一番の「剥げた」と掛けているのがまたにくい)。

その愛おしさが跳躍と重なり3分余りで我々は夫婦の積年を体験します。

 

ラブソングが当たり前のように提示する「好き」や「愛してる」は口に出すと恥ずかしく口に出しても白々しい。

けれど積年の中に描かれた『二人きりの居間に浮かぶあの笑顔』は「好き」や「愛してる」より、遥かに「好き」で「愛してる」。

この曲を聴いていると、なんかそれが良いな、といつも思います。

 

 

 

・ときどき困って ときどき笑って ときどき星野源の「茶碗」なんて聴いて そして生活はつづく

 

星野源がJPOPのど真ん中に来れたのには、彼の楽曲に書かれた生活に対する普遍的な愛があると思います。

 

天気の良い日には『SUN』を聞いて散歩に出かけたり、週末には『Week Ene』を聞いてヴォルテージなんて上げて、どうしようもない現実には『地獄でなぜ悪い』が背中を押されたりなんかして、『くせのうた』で恋人同士で笑いあう。

そうして、茶碗がはげるまで、お互いの髪が禿げるまで、『茶碗』を聞いて笑いあう。

 

ときどき困って、ときどき笑って、そして生活が続くなら、そんな日常に優しく寄り添ってくれる星野源の曲があった方が、絶対に絶対に幸せだ。

 

 

 

ばかのうた

ばかのうた