横林大々のブログ

横林大々のブログです。作家になるのが目標。こちらでは横林の宣伝や雑記を掲載します。

新春大喜利2017のお礼とお詫び

 

 

先週行われました、新春大喜利大会2017、横林は大喜利をする出場者として参加し、無事に終了しました。

お越し戴いた皆様、本当にありがとうございました。

 

 

なんと初出場の中で決勝まで残ることが出来ました。

(決勝は、しょっぱい成績でしたが)

 

ですがこの好成績は別に自分の実力がどうとかではなく、きっと流れがたまたまよかっただけで、別の流れがあれば僕は決勝に行くこともなかったはずです。

(下の記事に書いた、僕の大好きな丸山さんも大喜利大会に出場しており、流れ次第では丸山さんが、もしくは他の回答者の方が決勝に行く可能性は十分にあったと思います、本当に)

 


さて。

 

本来ならば、ツイッターの挨拶を載せて軽く記事を締めようと考えていたのですが、少しお詫びしなければならないことがあって、その部分が、やはりどうしても消えないまま日月が経ち「このままではいけない」と思い、記事にしました。

 

それは、僕があるお題をもらったときに回答した、出場させて戴いた『劇場』や『演劇人』への罵倒に近い大喜利についてなのですが。

 

そのことを少し、お話させてください。

 

 

 

かつて僕は『劇的☆ジャンク堂』という大阪の若手劇団で座付きの作家、のようなことをしていた時期があります。

 

それは、『劇的☆ジャンク堂』が劇団として成立していなかった時で、僕がまだ高校生や浪人生、大学一回生の頃の話です。

 

(今回、大喜利大会に出場していた『マナカ』君も、同劇団所属。

お互いが高校生の事から知っている仲です。)

 

しかし作家という立ち位置にいるにも関わらず、ろくに執筆を行わなかった僕は、劇的ジャンク堂主催の『五味たろう』から劇団の退団を勧告されてしまいました。

 

そこから僕の『半演劇人』の日々が始まります。

 

劇団に所属はしていないものの打つことはない公演の構想ばかり考える、自称脚本家としての生活。

 

 

 

劇的ジャンク堂がある大阪に居心地の悪さを感じた僕は、その頃から高校時代のツテなど利用して京都に足を出向くことになります。

 

(実は、より複雑な事情もあるのですが、そのあたりはカクヨムで連載の半自伝的小説『ひとり、きょうだい。』を見て貰えるとすごくわかりやすいです。童貞が初恋の人を思い続ける気持ち悪い話です)

 

京都で行う事といえば観劇や大喜利など、演劇活動とは遥かに離れたことばかり。

僕は演劇から逃げ始めたのです。

そんな時に出会ったのが京都の『演劇人』の人たちでした。

 

例えば、今回大喜利で出場していた丸山交通公園さんや合田団地さん。

舞台というフィールドで追及する姿や、その生き様に僕は「一生勝てない」という感覚を抱きました。

 

このお二人とは、いつかの会の打ち上げで、完全に浮いていた僕に対して「大喜利しよか」と話しかけてくれたこともあります。

本当に、あの時は助かったなあ。

 

また、合田さんの公演は大阪で行われてた時に見に行ったこともありました。

『魔王城』という作品で、僕では到底思いつかないラストに驚かされたりして。

 

そうして催されたアフタートーク。

僕は、その浮かされた熱と自分の現状を踏まえて合田さんと、もう一人の方に、こう質問をしてしまいます。

「どうして、演劇を続けているんですか」と。

 

実は、この時のアフタートークで呼ばれていたゲストが、ほかでもなく、匿名劇壇の福谷さんでした。

 

 

 

匿名劇壇は近畿大学出身の学生たちで結成された劇団で、僕は、その時同大学で同じ学生として生活をしていました。

 

彼らの第一回公演も見に行ったし、その後も公演は定期的に見に行っていたくらいです。

 

「どうして演劇をしているんですか」という問いかけに福谷さんも合田さんも理路整然と自らのビジョンを話されていたことを今でも覚えています。

 

半演劇人の僕からすれば、同い年で同じ大学で成功した彼が、うらやましくて仕方がありませんでした。

 

演劇で頭角を現した脚本家。

半演劇人として大喜利で茶を濁していた脚本家。

 

僕が、あの時の大喜利で口に出した言葉は、演劇を精力的に続けている方々への羨望と大きな嫉妬に他ありません。

 

 

今回大喜利が行われたインディペンデントシアターは、僕が高校時代から通っていた場所です。

 

高校時代の『演劇をやる人として生きていくんだ』という気持ちがたくさん詰まっていた時代の思い出が残っていて、それが本当に辛くて。

 

じゃあ、イベントに出るなという話なのですが、不思議と当日になった瞬間に思い出したように感情があふれ出て止まらなくなりました。

 

僕は劇的ジャンク堂の『五味たろう』とこの場所に立ちたかったんだなあ、とか。

同じ舞台には、同世代の演劇のホープと、京都で打ちのめされた化け物たちがいて。

更にふたを開ければ必ず一度は聞いたことがある所属や芸名を保有する出場者。

 

どうしようもなく寂しくて寂しくて仕方がなくなりました。

楽屋で話しかけるなオーラを出して小説を書いていたのはそのためです。

 

 

 

一度、僕はシアトリカル應典院主宰の『應典院舞台芸術祭space×drama』に劇的ジャンク堂さんへ脚本を提供するという形で出場しました。

 

そこには福谷さんが脚本演出を行う匿名劇壇さんも参加されていました。

 

結果は完敗。

それはジャンク堂さんが、という訳ではなく、僕自身の脚本家としての力量が、全然だったという事実。

 

もちろん、そうなることは自明の理。

大喜利や観劇ばかりをしていた半分演劇の人間。

 

全力でやってる彼に勝てる訳がありません。

今でもジャンク堂の人たちには、脚本で迷惑をかけた、と本当に思っています。

ごめん。 

 

その時、僕は教育実習の真っただ中でした。

福谷さんに「先生を目指されるんですか?」と話しかけられたときに、自称演劇人の肩書が、こんなに滑稽なんだと思ったことが忘れられません。

 

 

 

時が過ぎ。

インデペンデントシアターに戻ります。

 

そんな僕も今は、演劇を諦め、小説を書き始めます。

即興小説というイベントや朗読劇の敢行、今年度は賞へ応募も計画しており、半演劇人間だった、あの頃よりは充実した日々を過ごす中。

 

何の因果か、そんな僕が演劇の舞台に帰ってきた。

加えて同じ舞台には、福谷さんや合田さんや、丸山さんや、演劇の猛者たち。

 

けれど、今回は大喜利の戦い。

僕が演劇に片足を突っ込んで逃げていた分野そのものでの戦い。

 

必死でした。

少しでも、答えようと思いました。

 

目の前にミカンが増えます。

ポイントはミカンで換算されます。

 

一つでもミカンを。

一つでもミカンを多く。

 

そうして手に入れた決勝戦の切符。

対戦相手には、あの福谷さんもいました。

 

 

 

僕が暴言のような回答を出したのは、その決勝戦の第一問目のことでした。

 

勝つ気負いとか、演劇に対する想いとか、そんなものが捻じ曲がって転がるように吐き出した言葉。

 

僕が優勝から遠のいた瞬間でした。

 

福谷さんの背中は遠いものでした。

そして優勝した泉さんの背中はより。

 

大喜利でも勝てないんだ。

ああ、そうなんだ。

 

ああ。

 

なんて、思って僕は思わず笑ってしまいました。

乾いた笑いでした。

切なくて、どうしようもない笑いでした。

 

 

 

なので、あの時の回答を聞いて不快に思った方は本当に申し訳ありません。

 

僕は多分舞台を続けている人に対して羨望と嫉妬を感じています。

それは脚本家として参加したスペドラにて福谷さん率いる匿名劇団さんに負けた事とか。

京都の劇団さんの追求する姿とか。

演劇で僕が勝つ事はもう無いから、ずーっと悔しくて、本音の部分で、あの回答が出ました。

 

ですが、気持ちとお客様が二千円払って見に来ているという事実は、別です。

僕は、やはり舞台に立つ人間としては失格だなと改めて思います。

 

 

 

だけど。

 

だけど、なんですよ。

 

そんな気持ちがあったから、あの日、舞台を続けている人たちと並んで大喜利で戦えた事は本当に嬉しかった。

帰りの車窓、悔しさよりも、ずっとずっと上に、この、幸せな気持ちが浮かびました。

 

だって、もう、舞台の上になんて立てないと思っていたから。

それも、憧れの、あの人たちと。

 

音響とか照明とかバミリとか。

その懐かしい手触りの言葉。

五味たろうと夢見ていた風景が、そこにありました。

 

眼前にはお客様。

それも、僕の回答で笑ってくれている。

あの頃の夢を見ているみたいで、どうして隣に、あの男がいないんだ、なんて思いながら。

 

勝ち進んだ事は多分巡り合わせだとしても。

僕は、僕の力で決勝まで残れた。

それは、本当に、どんなおとぎ話の終わりよりも幸せな結末でした。

 

だってあの、インディペンデントシアターに立ったんだよ?

高校の時、赤星マサノリさんの一人芝居見に行った場所(脚本は末満さんの)。

 

そんな、胸がどうにかなりそうな思いが詰まった場所を改めて思い出せて本当によかった。

 

 

 

そして、これは冗談でも嫌味でもなく、舞台を続けている人を僕は心から尊敬しています。

だって、僕がなれなかった世界で戦ってるんだよ。

すげえに決まってる。

 

‪二朗松田‬さんとか泉さんとか、あんな化け物いるのって感じじゃないですか?

でも、本職はもっと別にあって出場者の皆さんは、その第一線で戦ってる。

 

なんか、こんな事書いてたら五味と売込隊ビームさんの「黒人のブラウス」見に行った事とか、彼がスクエアさん好きだった事とか、コメディユニット礒川家のメンバーの前身団体のミッドサマーキャロルを大阪芸大まで、わざわざ見に行った事とか、全部思い出してきた。

 

演劇ってそうなんだよ、凄いんだよなって気持ちが溢れてきた。

 

 

 

少し悔しくなって日本橋の観劇三昧さんで、前述した應典院の公演DVDを買いました。

そこには、拙い脚本を一生懸命演じてくれている役者の面々。

 

五味たろうが白塗りで一生懸命叫んでいた。

マナカ君は淡々と感情を殺して徹していた。

 

片っぽ突っ込んでいるなりの精一杯。

劇団さんには申し訳ないけど僕は嫌いになれなかった。

 

 

 

新春大喜利2017を見てくださった、皆さま初めまして。

横林大々(よこばやしだいだい)と申します。

 

かつて僕は脚本家を自称していた時期があって、今は小説を書いています。

演劇に対しては悔しい思いがあって、今でも朗読劇を行ったりして、あの頃の気持ちの残滓を拭おうと精一杯です。

 

今の僕の一番の武器は小説という手段。

それが出場者の皆さんの演劇に勝てるかどうかは正直分かりませんが(いや、現段階じゃたぶん負けますが)、いつかは勝つつもりで頑張っています。

(願うだけなら自由ですよね)

 

せっかく出会ったのも何かの縁ですので、名前だけでも憶えて貰えれば幸いです。

 

 

 

一緒に戦ってくれた皆様、スタッフの皆様、そして憧れのインデペンデントシアター様本当にありがとうございました。

 

特に、コミッショナーの有元さんには、このような機会を頂けたという事で感謝してもしきれません

 

そして、見に来ていただいた皆様の一年が幸せで仕方がないものになることを祈りつつ。

 

長文になったお礼とお詫びを締めたいと思います。