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横林大々のブログ

横林大々のブログです。作家になるのが目標。こちらでは横林の宣伝や雑記を掲載します。

AKB48とモラトリアムとサヨナラ。

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2009年から2014年にかけて。

僕は、とある大阪の私立大学に一浪かけて入りました。

 

その場所には、演劇でくすぶり続けている僕をしり目に大躍進を遂げる劇団さんが旗揚げを行ったり、僕が所属していたサークル内で僕を置いてけぼりのままドロドロの恋愛劇が繰り広げられていたりと、本当に良い思い出がなかったのですが。

 

(詳しいことは下の記事に書かれています。お時間あれば是非)

 

 

 

そんな僕が授業の空きコマにやることがないからといって、よく暇を潰していた場所が、『パソコンルーム』と呼ばれる場所でした。 

 

僕は弁当屋でバイトこそしていたものの、お金に不自由をしていた大学生活だったので、学生であれば無料で利用できる、その場所に、まるで主のように入り浸っておりまして。

 

そこでYoutubeニコニコ動画を漁りに漁って限りある人生の中の時間を不毛に過ごしていたのです。

(パソコンルームには、僕のような青春の輪に入ることが出来なかった連中が、わなわなと集まり、孤のコミュニティを形成しているようでありました。)

 

当時の僕の、暇つぶし方法の一つはラジオを聴くことでした。

オードリーや南海の山ちゃん、そしてアルピーといった芸人さんのラジオから、集まれ昌鹿野放送局や、おどろき戦隊モモノキファイブといった声優さんのラジオまで、声を大にしては言えないですが本当にお世話になったと思います。

たぶん、ラジオがなければ僕はとっくに大学を自主退学していてもおかしくはなかった。

それくらい、パソコン室で過ごす不毛ながらも至福の時間は、僕の大切な思い出の一つです。

 

 

 

さて。そんな大学時代。

僕のマイブームはラジオでしたが、周囲のムーブメントは完全に、このアイドルグループたちでした。

 

AKB48

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パソコンルームの彼女らの占拠率。

今思い出しても、僕の大学生活は、彼女らと共にあったと思います。

 

大学の一回生頃にブームが到来し、大学二回生の時には、テレビで見ない日は無いくらいに売れ。

 

金髪のリア充がメンバーだったら誰がタイプかで盛り上がるような、そういう生活の一部に存在したAKB。

 

もちろん、その活動の方法から、拒否反応を示す人間も多かったものですが(逆に小林よしのりが好きなことを公言していた時は何か一つ時代が終わったのか、或いは始まったのか、えらいこっちゃなあと思いました)

僕からしたら、AKB48は、いわゆる懐メロのようなもので。

 

好きとか嫌いとかじゃなくて、聞けば思い出すような存在。

北原里英さんのドキュメンタリーをYouTubeで見て、総選挙に一票入れたなあ、とか。

大喜利のお題で「ポニーテールとシュシュ」を使った回答書いてたなあ、とか。

かつてお世話になった劇団さんの稽古場で「ヘビーローテーション」を踊っていたなあ、とか。

 

そんな懐かしさと一緒に想起されるのが、彼女たちで。

それは、不思議と一番彼女たちの顔を見たであろうパソコンルームの風景を思い出させて。

不思議な気持ちになります。

 

あの頃の僕に、僕自身が切なくなるというか。

 

 

 

……さて。

ここで終わってしまっては、ただの回想になってしまうので、今回は、AKBだからって拒絶してる人も中にはいると思うんですけど、良い曲も多いよ、AKBという話を書きたいと思います。

 

で、今回紹介したいのは、これ。


『抱きしめちゃいけない』です。

 

まあ、この曲を歌う「アンダーガールズ」が総選挙の下位グループで「いや、そもそも、そういうスタンスが嫌いで…」って気持ちも分からなくないですが

 

 

 

純粋に曲だけ見ますと可愛い歌詞なんです。

 

秋元康先生の歌詞って、まあ良くも悪くも真新しさはないというか。

けれど、それがいいんですよ。

それが、秋元さんの歌詞の世界観なんですよ。

(とかいいつつ『君の名は希望』とかは最高の歌詞ですけどね)

 

秋元さんが歌詞で書く『私』とか『あなた』とか『君』とか『僕』って、なんというか、もう当事者のそれじゃなくて、遠い存在を俯瞰して眺めているような距離感というか。(それこそ親が子供を見ているみたいな)

だから、価値観が秋元さんの世代の感覚で止まっている印象なんです。

 

でも、それが逆に良くなる時っていうのがあって。

例えば、それが今回紹介する『抱きしめちゃいけない』なんですけど。

『過去を現在の位置から回想する歌詞の入った歌』は、その世代の止まっている感が『過去』として見ているの回想の風景とマッチして、僕みたいな秋元さんと世代が異なる人間にも共感を生み出す気がするんですね。

 

『靴の紐を直す振りして愛おしさ我慢していた』なんて歌詞はなかなか。

加えて可愛らしいアイドルが明るく歌うから、より切なさが際立ちます。

 

さとならという『悲しい』ことを『明るく』歌う。

これはアイドルの専売特許ですよね。

 

(実は、この曲、日本レコード大賞を取った『フライングゲット』のB面収録曲なんですけど、これシングルカットして出しても全然よかったんじゃないかなあ、って思いますね)

 

 

個人的には、シングルカットで発売された曲の数々よりも、

 

君のことが好きだから」や



涙のシーソーゲーム

 

なんかカップリングの方が可愛い王道の曲が多くて、好きです。

 

 

 

ここからは、再び個人的な話に戻ります。

 

あれから僕も大人になって。

北原里英さんにも、あれから総選挙で投票しなくなりました。

 

『抱きしめちゃいけない』は、とある男女のさよならにまつわる曲なのですが、僕には、上述したAKB48と不毛な青春時代の関係性があるので、この曲を今の状態で改めて聴くと、何か、あの莫大で、もやもやし続けていたモラトリアムへの餞別の曲に聞こえます。

 

あの女っ気のなかった大学生活を『君』と見立てるのはなんとも、ですが。

 

しかし、過ぎ去っていく思い出を『靴の紐を直すふりして愛しさ我慢してた』のは、例えば慣れない革靴の紐を結ぶ時であったり、そういう下を向いて、あの頃の感傷に浸りそうな部分をぐっと我慢している近況に、なんとも似ている気がします。

 

いつまでも抱きしめていたらサヨナラは言えない。

あの頃、パソコンルームで毎日のように顔を合わせていた孤の軍団も、今は社会の何処かで活躍しているだろうから。

 

 

 

そんな、終日AKBを眺めるモラトリアムへ僕は思いを馳せる。