横林大々的

趣味、ときどき宣伝。

『應典院モニターレビュアー公開座談会』感想と大反省

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 新年あけましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いします。

 

 

 

感想

 

 さて、みなさん。このブログの書き手である横林大々が、レビューを書いているのをご存知でしょうか。

 ツイッターの方では、何度か告知もしているのですが、実は今『應典院』さんという、お寺で行われる催事や公演などのレビューを書く、『應典院寺町倶楽部モニターレビュアー』の一員として記事を二本ほど書かせて戴いているのです。

 ……凄くないですか? こんな記事を書いていた人間が、ですよ。 

 分からないものですよね。継続は力。

 

 で、そんなレビュアーさんたちを一堂に会して話おうというイベントが1月7日の日曜日に開催されました。

 その名も、『應典院モニターレビュアー公開座談会』。開場は應典院さんの本堂でご本尊様の前で執り行われました。

 いやあ、場違い感が凄い。だって、カードキャプターさくらは、キモオタの嫁じゃなくて小狼くんの嫁やからな!言ってた僕がですよ。『應典院を俯瞰する』なんて固めのタイトルがついていたくらいの座談会。自分すら俯瞰で見れてない人間が、そんな恐れ多すぎる。

 ……などと、勝手に思い込んでいたのですが、蓋を開けてみれば、楽しい場面も多く、とても楽しいイベントでした。

 また、動画が上がるそうなので楽しみにしていてください。司会の泉さんにいじられ弄ばれている横林が見れると思います。

 

 ちなみに僕がなぜ、このようなレビュアーについて受けたかといえば、単純に「横林はこういうやつも書けるんやでマジで」という自己顕示及び外への宣伝の他なんでもなかったのですが、レビュアーの皆様の記事なんかを観ますと、まあ、こう自分の足りなさのようなものに驚きますね。

 作家という肩書は、まだ、その小説で大成していない自分が背負うには恥ずかしいくらいなのですが、それでも語らせてもらいますと、結局一人作業で、個人プレーなんですよね。推敲なんかは他の人の力を借りることだってありますが、結局小説を書くのは自分であり、自分だけのものでしかない

 けれど、レビューは、まず誰かの催事を介して、誰かに向けて発信するという一人作業の環から少し外れた部分のものであり、また同じ催事を別のレビュアーさんが書く事で書き手同士でも共有が起こり得る。

 それはまあ、普段の執筆活動にはない、「人との差異を知ることが出来る」心動かされる執筆体験となる訳です。楽しくないわけがありません。

 

(こちらに横林の書いたレビューを置いておきますのでお時間あれば是非見てみてください。結構まじめに書いています)

2017/8/4 横林大々:詩の学校・お盆特別篇「それから」レビュー – 應典院

2017/10/7-9 横林大々:あやめ十八番「三英花 煙夕空」レビュー – 應典院

 

 で、他の方のレビューを見ていますと、やはりそれぞれに味があり、色があり、文体があり、という感じで僕自身がレビュアーの中での立ち位置をどういったものにしていけばよいのかと悩んだりもしたのですが、こうやってブログ記事を書きながら、どうやら僕は学術的な知識も、物事の体系や位置づけも、正直あまりよくわかっていないので、分かり易さに徹し、自分が思った事を軽い文で書くのがいいな、と思いました。

 だって、あんな凄文(造語)の中に僕の「バンドじゃないもん!可愛いなあ」みたいな文章なんて、ぺらぺらじゃないですか。だったら、そのインスタント感を横林の色として打ち出してみるのが良いかなあと思ったのですよね。会の中で「レビュアーはアイドルである」という話がありまして。それぞれのキャラクターがそれぞれの持ち味を使って文章を書いて『推しレビュアー』が出来ると面白いよね、という意見だったのですが本当にその通りだなあ、と。

 僕のレビューはコンビニエンスでいい。そしてそれが持ち味でもいいなあと改めて自身の創作の立ち位置にも気づかされる機会となりました。(この会が刺激になったこともあって最近、小説やふせん短歌などの創作意欲が湧いています。重い文章は重い文章が書ける人が書けばいい。僕は短く、そして分かりやすいものを書く

 

 というような自身の気付きの場にもなった貴重な集まりでした。

 お越し頂いた皆様、本当にありがとうございました。

 とても有意義で楽しい会でした。

 

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大反省

 

 とまあ、感想はざっくばらんにこんなものなのですが、当記事で書きたかったのは、どちらかと言えば今から書く事です。

 あの、その、なんといいますかね。

 横林、打ち上げとかの酒の席で絶対失敗する!

 もう、これをね。

 これを言いたかったの記事なんです。

 人間力が弱い!

 いや、もう、これ言っとく!

 大きい声で言っとく!!

 僕は、もう、今後自分の主宰するイベントで打ち上げとかしません!

 なぜか!

 打ち上げで絶対失敗するから!!

 人見知り炸裂するから!

 薄い人間だから多方面の人と合わせるチャンネル数が少ないから!

 楽しくない感じにしちゃうプロだから!!

 

 今回もね、應典院さんのご厚意で、イベント後に新年会とレビュアーの親睦会みたいなものがあったわけですよ。

 でね、行くじゃないですか。

 楽しい会なんです。

 絶対に楽しい会。

 横林はね、27歳にして、酒の席で完璧な人見知りを繰り広げるわけですよ!

 なんだったら、レビュアーさんの中にはね、即興小説バトルというイベントでお世話になった方もいる!

 隣でめっちゃしゃべりかけてくれてるレビュアーさんもいる!

 同世代もいる!

 はい、チャンス。確変リーチきたこれ!

 横林ウーロン茶ちびちび飲んで喋らない!

 なんでやねん!

 んなんでやねん!!!

 アホけ!!

 アホけ!!!

 

 気を使ってはるんですよ、人生の先輩方が。

 でも、喋れない!

 なぜか。

 僕はみなさんの事、本当に興味があるんです!

 でもね、喋る入口が手札として少ないんすよ!

 なんかね、めっちゃくやしかった。

 その手札の少ない僕もくやしいし、そこから広げられない僕もくやしいし、本当、こうなんでレビュアーとしてよんでいただいたんだ、こんなに何もできない自分なのに、みたいなことをね、本当に思ったんですよね。

 

 どうすれば27歳、お酒の席が楽しく過ごせられるのか。お酒は苦手なんですよね。そんな中で、お酒の席で自分を出しながら、過ごせられるのか。

 

 そんな一連の流れを、レビュー風に書いてみたので、最後にお見せして終わります。お酒の席での振る舞いは最低でしたが、レビューを書く姿勢はあるという事を自戒もこめて書かせて貰います。

 

 

 

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○飲み会を俯瞰する~レビュアーから見た横林大々~

 

 横林は初め、どの場所に座るかで躊躇をする。ここに人間らしい哀しさが溢れていた。その男には人見知り、とりわけ異性に対する大きな苦手意識が心の中にあるようだ。しかしながら、ここで座ることに躊躇しようがしまいが彼にとって心の開かれない二時間が繰り広げられることには変わらない。

 横林が席に座ると、ソフトドリンクを注文して乾杯するのだが、どうやら男の心中に「乾杯でまず一番目に誰にも当たらないようにしよう」という思考が働く。自分なんかのグラスが乾杯の一発目の相手になるのは相手にとっていい気分はしないかもしれない。そう思うと、どうしても躊躇してしまうようだ。

 おそらく自尊感情の低さは、横林の学生時代に受けてきた異性からの仕打ちによるものが強いらしい。「いつも笑っていて気持ち悪い」というかつての幼馴染からの悪口は彼の中の全能感を破壊するのに十分な殺傷能力があったのだろうか。

 横林は、ちょうど真ん中の席で、二つに別れた会話の輪でどっちつかずの会話を聞きながら手前のからあげを食べ続ける。演劇の話は、かつて自分が脚本家を名乗って何も成し遂げられなかった古傷が痛み、会話の潤滑剤のようなものでも自分が夢見た景色が広がるようで寂しい思いを抱いてしまうようである。

 自分の矮小さと、才能のなさ、そしてトークスキルの無さが嫌になると、横林は開場についていたテレビをぼんやり眺める。どうやら新作のドラマのようだ。流し見していたのも束の間、なんと女優の門脇麦が主演の俳優と、ディープキスをしていたのだ。大変なディープキスを、だ。

 その時の男の顔は忘れられない。なぜなら「うわ、めっちゃディープキスしてるやん」の顔をしていたからだ。自分の矮小さと、才能のなさ、そしてトークスキルの無さに加えて、ディープキスをしているやんの顔。それに比べ、門脇麦はどうだろう。ディープキスである。

 私は、この対比こそが、この飲み会におけるテーマだと感じた。飲み会で失敗をする横林。そしてディープキスをする門脇麦。飲み会という磁場に発生した想定外の要素。これこそが、横林と門脇麦の出会いであり、横林を飲み会という日常から、ディープキスという非日常へ連れ去る要素となり得る。そう、この物語は、ボーイミーツガールなのである。

 人間関係、とりわけ女性に対して苦手意識のある横林が門脇麦という存在のディープキスをみることによって、始まる物語。ストーリー。ハイテクスト。

 もう世界には二人しかいない。横林と麦。麦と横林。そう、聡い読者ならこの先の展開も読めるだろう、横林の現実の物語からの離脱。すなわち、飲み会で相手にされない状態である。世界の構築を二人だけに向けてしまった段階で、他のレビュアーになきものとされる、これらは仕方がないものなのだ。

 麦の世界も、横林の世界もそれぞれ個として成り立つ世界である。決して交わる事のない二人。けれど二人の間にはディープキスを観た側と観られた側という共犯関係が存在する。しかし周囲の人間にはディープキスは無い。そこが大きな違いとなって飲み会終盤の、彼の孤立とつながっていくわけだ。

 滑り込む終電へ急いで駆けていった横林。彼と麦の世界は始まったばかりだが、彼が忘れてはならないのは、酒の席が苦手であるという現実が決して変わることはないという事実と、スーツの上に羽織っていたコートの存在である。そうして彼、いや私は帰路の途中で気付くのだ。

 行きよりも肌寒い装いに、俯瞰しなければいけないのは、自分自身ではないか、と。 

 

 

 

(参加者の皆様本当に、すみませんでした)